2012年7月2日月曜日
2012年7月1日日曜日
2012年6月28日木曜日
Edge 800J来襲!
後期フランス遠征が開始しました!
前期遠征で痛感したのが、初めての土地でトレーニングコースを開拓していくことの煩わしさ。拠点のエルブフ周辺はもとより、各レース前に初めての土地でトレーニングを行わなくてはならないのがプロ選手のさだめというものです
さらに、「初見のラインレース」で結果を出すことの難しさ。日本で主流のサーキットコースと異なり、ヨーロッパではラインレース(公道を利用したサーキットでないコース)が多く、フランスでのレース活動一年生としては、この地の利がない状態は結構しんどい
ということで、こういった問題を解決すべく、現在世界最高峰のGPSデバイスであるGarmin Edge 500/800 Jをぜひ使いたい!ということになったのですが、幸いな事に「いいよねっと」(GARMIN社代理店)様のご協力により、使うことになりました。

前期遠征で痛感したのが、初めての土地でトレーニングコースを開拓していくことの煩わしさ。拠点のエルブフ周辺はもとより、各レース前に初めての土地でトレーニングを行わなくてはならないのがプロ選手のさだめというものです
さらに、「初見のラインレース」で結果を出すことの難しさ。日本で主流のサーキットコースと異なり、ヨーロッパではラインレース(公道を利用したサーキットでないコース)が多く、フランスでのレース活動一年生としては、この地の利がない状態は結構しんどい
ということで、こういった問題を解決すべく、現在世界最高峰のGPSデバイスであるGarmin Edge 500/800 Jをぜひ使いたい!ということになったのですが、幸いな事に「いいよねっと」(GARMIN社代理店)様のご協力により、使うことになりました。
まずは開封の儀
パッケージから日本語化されており、何も不安なところがない。とりあえず使ってみるために充電を開始する。
充電している間に、付属のマウントをステムに装着
とりあえずこの後、充電コードを抜くと、セットアップ画面が現れ、自分のデータ(身長・体重etc.)とバイクのデータ(タイヤ周長など)を追加すればそれだけで一応データを集める準備はOK。スピードセンサーはなくともGPSから推定される。お手軽
それで初めてとったデータ
これからばしばしEdge 500/800Jの活用方法をアップしていこうと思います。
2012年6月18日月曜日
2012全日本個人タイムトライアル
皆さんに今日は重要なお知らせがあります。
今日この日、あなたにこんなにも重要なお知らせができることを誇りに思います。
私は、、、私は!昨日!全日本タイムトライアルの優勝者となったのです!!
信じられるでしょうか!?
私は、、、私は!昨日!全日本タイムトライアルの優勝者となったのです!!
という謎の節回しは、最近読んでいる某ブログの影響を多大に受けています。
そのことはさておいて、確かに全日本タイトルをひとつ手に入れることができました。今回も熱い応援を各方面からありがとうございました。
タイムトライアルと銘打っておきながら、大潟村ソーラーラインというど平坦で、どまっすぐなコースはかなり特殊であり、「全日本エアロを考慮した体力テスト選手権」と「直線番長選手権」をミックスしたぐらいの大会でありますが、昨年優勝者の別府さんを始めとして、歴々の優勝者たちの名前を見てみると、身の引き締まる思いです。これから、このタイトルに恥じない走りをしようと思います。
優勝を知らされた瞬間は、それなりに嬉しかったのですが、思った以上に気持ちが高まりませんでした。(機嫌は良くなりましたが)。なぜなら、その数日前から、なにか不思議なお告げが「お前は優勝する」と告げてくれ、はっきりとしたイメージまで与えてくれたからです。おかげで前日になぜか優勝した気分で嬉し涙がでそうになっていました。いやいや、なにを油断しているのだお前は、と気分を再度引き締めたのですが、今考えると不思議な体験です。おかげで本番は、その鮮烈なイメージの単なる繰り返しだったため、拍子抜けしてしまったのです。
熊野が終わってから、ポジションと体調を合わせるために可能な限りのことをしてきました。42kmという長い距離を独りで走り切るには、ほんの些細な違いが大きな差になることがわかっていました。前日の移動のときにも、車移動でどういう座り方をすれば、最も足の状態がよくなるか、考えこむ始末でした。2日前ぐらいから精神もトランス状態が始まって、ふと気がつくと異様な集中状態に陥るため、意識を引き戻す必要がありました。
スタートラインについた瞬間にChemical Brothersの”Don’t Think”のアルバムが頭の中で無限ループし始めました。これだけ色々考えた後で、”Don’t Think”とは皮肉ではありませんか。後は曲に合わせてペダルを踏み込み、出力をアクセルのごとく調整し、空気を切り裂くポジションを保ち、理想のラインに向かってハンドリングあるのみ。
全2周のコースで、1周目の時点で西谷選手にわずかにビハインドをくらいましたが、冷静でした。どうやら調整がうまくいったらしく、信じられないぐらい力が出るのを感じられていたためです。1周目では、むしろ抑えるのに必死でした。
2周目に入って、わずかにアクセルを追加で踏み込みました。そして最後の半周に入る計測地点でリードを確信。しかし佐野選手の最後の追い上げは脅威で、絶対にペースを落とさない決意をし、”Horse Power”という曲が、馬のいななきと共に頭の中で流れ、自分が馬だと信じ込みました。馬は疲れないし、速いんです。
ラスト2kmで全てを開放しました。そしてヨダレと泥にまみれた、Cyclowiredに掲載された美しい写真における光景が生まれたのです。
すべての応援してくれた人々に再度感謝を
次は東日本実業団です
2012年6月7日木曜日
ツール・ド・熊野
ツール・ド・熊野が終了。3日ともタフな展開が続いた。過去の実績からいうと、熊野は毎回雨というのが相場だったが、今年は幸運なことに、全日晴れ渡り、天気にふさわしいスピードレースが続いた。去年の大洪水の爪痕が残る熊野地方でレースが今年も開催されたことにまずは感謝したい。
ツアー・オブ・ジャパンと結構なメンバーがかぶっているので、気持ち的にはその続きのレース。TOJで圧倒的な力をみせつけたチームニッポをみながらレースせざるをえない。プロローグを極めて平々凡々に終えて、かなり後方のチームカー隊列を獲得した我々は(ひとえに総合優勝のため、スピードのないオールラウンダーで今回のチームは構成された)、平坦基調の第1ステージも同じぐらい低いモチベーションで臨むことになった。
しょっぱなからニッポはがっちりとコントロールを構え、逃げも容易に差を開かせない。最初の2周ぐらいだけ、リーダーチームのジェネシスがコントロールしようとしたが、「どけ、お前ら」といわんばかりにガンガンコントロールを開始。しかも、平坦基調ながら一箇所ある登りは非常に狭く、勾配もあるため、選手のトラブルを誘う。しばしば落車や中切れをすり抜けながら、ぼちぼちレースを進める。中盤に都貴さんがチェーンを落としてしまい、後退。すぐさま適切な処置があればどうということもないトラブルのはずだったが、大きく禍根を残し、なおかつ非常に足を使うことになってしまったらしい。そもそも都貴さんじゃなかったら帰って来てないな。
ゴール勝負は都貴さんのスプリントが唯一のオプションだったため、上記のトラブルがあったこの日は何もせず。
全てが決まる第2ステージ。千枚田~札立峠、そして今年は小森峠が追加された国内屈指の山岳ステージとなる。昨年は札立からニッポのバリアーニ選手とチャベス選手(チャベス選手は今年ジロでステージ優勝しましたね)に独走されて歯が立たず。圧倒的な力を背景に、今年もバリアーニ選手・アレドンド選手で同じ事をやってくることは確実。これを防ぐために、トマ・都貴さんを除く選手で、「前待ち」作戦を決行した。
「前待ち」作戦とは、山岳で厳しい戦いが想定されている場合、エース級の選手より先にアタックでつくりだした先行集団にてオーバーペース覚悟でレースを進め、いざ勝負どころでエースが追いついてきた時に全力で助力するという作戦。昨年のツールの第18ステージでシュレックをリーダーとするレパード・トレックがモンフォールを逃してやった作戦と同じやつです。
スタートから全開で逃げを試みるが、なかなか逃げが決まらず。厳しいコースなので、早めに逃げたい選手も多いのだが、ニッポも下手に数を出すと後々面倒なことになるのがわかっているので、慎重に逃げを選んでいる。そのために多少アシストの佐野選手や内間選手の足を削ることになっても、簡単に逃げを出してくれない。上り下りを繰り返し、延々とアタック合戦が続いて、集団に疲労が見え始めたころに「そろそろ決まるな」、と直感し、誰が行っているのか見えにくいトンネル内でアタックすることで、単独抜け出すことに成功。
単独はきついなあ、と気が重かったが、今月は全日本個人タイムトライアルも控えているので、めげずに個人TTを開始する。エアロだエアロ。1人逃げなので集団は完全に休むかと思ったが、そうでもないらしく、ジリジリとしかタイムギャップを開くことができず。それでもリズムよく最初の千枚田、ダウンヒルを超え、問題の札立峠へ2分弱の差で突入する。
ここで後ろのペースが猛烈に上がることがわかっていたが、先行しているものの特権として、焦らずペースで、しかし緩めずに確実なテンポで登っていく。半分ほどいったところでバリアーニ選手とアレドンド選手が速いペースでパスしていくが、かなり疲れてはいる様子。これじゃ下は地獄絵図だな、と思いつつも、これ以上ペースが上げられないので、テンポを守る。頂上付近までずーっと見えていたものの、先行されてしまった。そして頂上まで1kmというところでトマが追いついてきて、合流。ダウンヒルに入った。ダウンヒルをこなして、平坦区間に入ったところで都貴さんと増田さんが合流して4人に。前二人を追撃するには十分といえる。自分は特に後を考えなくてもいいので、とにかく次の峠まではということで、ここぞとばかりにどんどん牽引。
今年新たに追加された峠、小森峠の中腹で、更にテンポを上げてきたトマのペースについていくことができず、今回の目標だった仕事を終了して(足が終了して)3人を見送る。その後追いついてきた佐野選手とぽちぽち回していたら、メイン集団に吸収されて最後の千枚田まではこれに乗る。千枚田では案の定というか、アタックが頻発してついていくことができず、ここから遅れて平坦をぽつぽつと1人で走っていたら、ゴール前5キロぐらいでグルペットがやってきて、これと一緒にゴール。結果は残念ながら前の2人を捕まえることができず、トマが最後の千枚田で抜け出して3位を確定させ、都貴さんが増田さんの後ろでゴールとのことだった。最初描いた絵のとおりにレースを進め、各々持てる力のほぼベストを出した上だったので、ニッポの2人に脱帽するしかない。
最終の第3ステージは、トマの総合3位をきっちり確定させ、ゴール勝負あるのみ。ニッポと利害が一致するので、ほぼ全面で協力体制をしいて、ゴールまで。前日出し切ったのが効いていたのか、全然走れなかった。完走したのみ。
TOJではスプリントでチームとしての形が作れたのが大きな収穫でしたが、熊野では第2ステージ山岳で攻めの姿勢を示すことができたのが収穫かな。
次は全日本TTです。
2012年5月28日月曜日
Tour of Japanが終了、そして熊野へ
国内最高峰のステージレースである、Tour of Japanが終了。ブリヂストン・アンカーチームとしての成績は、トマの総合4位ぐらいで、主にニッポ勢の強力な登坂力の前に敗れることになったが、最終2ステージでチーム強さをみせることができたと思う。
堺のTTは、まあ想定内のタイムで全員が無難にこなし、特筆することはなし。むしろクリテリウムで最終周回のニッポの列車の力を目の当たりにすると、スプリント勝負はかなり厳しいことが予想される。
そして、スプリント合戦の本番である美濃ステージで、アンカーチームとしてのスプリントの戦い方を試すことに。作戦としては、特に最終2周回で、コース中一箇所だけある登りを速いテンポで上がり、「登れるスプリンター」として売り出し中の隼人を前に突っ込むこと。その中でラスト700mぐらいの最終コーナーを曲がってやれば、勝機も見えてくるものと思われた。
ラスト周回でのホンコンの1人逃げはわりに強力だったが、ニッポの列車が強力過ぎたため、誰もニッポに手を貸さず。登り口への位置取りがそれまでの周回に比べて格段に厳しく、なかなか上がれないので焦ったが、どうにか登る直前で一番前に上がった。そして下からほぼ全開で上がり、集団を痛められるように攻撃を仕掛けるも、決定的に割れることはなかったようで、登り切りから下りの真ん中ぐらいに差し掛かると スプリンター達が上がってくる。どうも奈良がなかった影響で、みんながフレッシュに過ぎる。
列車でズバッと上がるのがあまりみんな得意でないので、それぞれぬって上がって、前で落ち合うのがうちのチームの基本となる。自分も直角コーナーが連続してスピードが落ちるところの直線で一気にポジションを上げる。ニッポの後ろ、ジェネシスからポジションを奪おうと並びかけるも、激しく押圧にあって道端に吹っ飛びかけるが、我慢。
そしていつの間にやら最終コーナーが目の前に迫る。周りをみてもチームメイトが誰も上がれていないため、これは自分がやるしかない。結構いい位置だし。
まあ、自慢ではないですがろくにスプリントのさばきをこなしたことがない自分としては全く自信がなかった。しかし、この日はなにやら余裕でざくざくかき分けることができた。フランスでの集団内での死闘に比べると全然ゆるいことに気が付き、自分も上達しているなあ、などと考えながらゴールを目指す。やってることはかなり危険なことをやっているのだが、うまくいく時には頭がいたって冷静だ。最後は純粋にもがく足の差がでて9位(だったかな?)。最後の西谷さんが速すぎて轢かれかけた。しかし個人的には大きな体験だった。
前回(一昨年)とうってかわって、好天の飯田ステージ。総合争いが「ある程度」みえてくるだろう、というのが例年の展開。しかし今年はずいぶん様相が異なった。強力なニッポ勢の2人によって、総合は「ある程度」ではなく、「ほぼ決定的に」決まってしまった。
そもそも序盤からいきなりモレノとバリアーニがちょくちょく動いてきたため、全開で反応しなくてはならず、あっぷあっぷ。これほどの本命が、最初からこれだけ動いてくるのは
a.他の様子をみて、終盤にもう一度仕掛けてくる
b.実はそれほど足がなくて、逃げも視野に入れている
c.最強過ぎて、これでも余裕
結論はc.だったらしい。中盤緩んでいるところで突如鋭いアタックがかかり、集団が割れる。トマ・都貴さん・ブレーズは前で展開していたので大丈夫だったが、他が油断して後方に取り残される。第2集団は西谷さん・マリウス・晋一さんといった、各チームエース級が残ってしまっていたため、彼らが決死の牽引をすることになり、少し楽ができたが、後手をとってかなり嫌な感じだ。
そしてどうにか追いついてしばらくしてから、登り切りで軽いアタックがかかり、下りでなんとなく10番手ぐらいがお見合いをした。
これが決定打。
すぐに危機を察知したのはワン・カンポーとマリウス。ダウンヒルアタック&ごり押しで追いつく。その他は見送ってしまった。しかも完全に集団が止まる。アンカーとしても、ニッポが3人入る中でトマ1人というのは勝負として成り立たないので、追いたい、が、損得勘定としては、もっと追うべきチームがいる。結局かなり開いてから数回都貴さんやブレーズがアタックで追いつこうとしたが、結局後の祭り。トマが独力でニッポに立ち向かうことになり、善戦したが1分半ほどのビハインドを食らった。我々はというと、最後に少し抜けだしたブレーズ以外は8分、ブレーズでも5分差と、総合優勝に絡む動きはできなくなり、トマに全てを託すことになった。しかし、この分裂でチャンピオンシステムのバトラーや、ブリッツェンの増田さんといった、富士山が速い選手たちが決定的に遅れたことは大きかった。富士山後に振り返ってみても、分裂の後にアシストを使ってすぐに追わなかった(アシストたちはいたし、むしろ集団を止めていた)この2チームは、総合争いをふいにしてしまった。
休養日を挟んで富士山に臨む。ひどいことに、富士山の当日の朝に38度オーバーの発熱をしてしまい、一時は不出走さえ考えたが、レースが短く、翌日の回復の望みもあったため、アップもせずに出走。上が雨だということでアーム&ベスト着用の徹底ぶりで体力を温存。なんとか完走。死にかけた。抗生剤を飲んだりしてひたすら眠る。
そして修善寺の日に目が覚めてみると、奇跡的に熱・脈ともに正常レベルに下がっていた。12kmコースで距離140キロ超、獲得標高は5000m超と、難易度が高いレース。富士山で総合はかなり決まってきたが、総合4位のトマと、3位のアモーレ・ビタのリーダーは7秒差で、唯一火種となっていた。ステージ優勝と総合の成績アップの両面を狙って出走。最初のアタックにのれればいいな~と思っていたものの、体調に自信がなくて、あまり追い込めず、お見送り。都貴さんがしっかりと乗った。しかし、総合6位、6分差ぐらいにいたシマノ・譲さんが乗っていたために微妙な展開に。4分差ぐらいまではニッポがゆるくコントロールしたが、3分差以上離されて逃げ切られると総合3・4位(アモーレとアンカー)がひっくり返されるというプレッシャーがかかる。前に1人ものせていないアモーレがたまらずコントロールを開始し、譲さんとの分差3分以内条件を受けて、結局2分台でコントロールすることに。
ところが、ここでアクシデントが発生。都貴さんにメカトラブル。このため、座して見ている状況ではステージ優勝も難しいことになり、メイン集団が勝負をできるようにしなくてはならない。トマがステージ優勝&ボーナスタイム獲得で3位奪還が最高のシナリオ、次善のとしてはブレーズがステージ優勝。このシナリオを実現するために、アシスト4人で鬼の牽引を開始。4人全員を使い切る追い込みで何とか最終周回までに、全てを回収してブレーズとトマに勝負を託した。結果、トマの攻撃は実らなかったものの、ブレーズが台湾・中国勢と抜け出し、ゴール勝負に敗れて4位という成績を残した。しかし、しんどかったね。。。
東京ステージはポイント賞争いが全体の展開を決めた。ニッポがポイント賞でビハインドをかなり食らっているために(首位マリウス)、強力にコントロールして中間スプリント・ゴール共に無理やり狙ってくることが予想された。愛三も2位・西谷さんを抱えるからコントロールに加わるかもしれない。ということで、逃げには不利だが、コントロールし過ぎで各チームゴール勝負が手薄になるはず。ここを隼人・都貴さんで狙う。
TOJの公式サイトには
「レースは集団のまま完全にチームNIPPOのペース。グリーンジャージを守るため盤石な動きで集団をコントロールする。」
とあるが、どうもピントがずれている。グリーンジャージを守るだけだったら、分差で逃げを出してしまったほうがよほど賢い。そして最後付近にできたいくつかの逃げは強力で、ニッポのアシスト陣も崩壊して、アンカーやジェネシスがコントロールに加わって、ようやくゴール勝負に持ち込まれたというのが実際のところ。自分も美濃ステージでできた動きを信じて最後まで足をためる。リケーゼに肘鉄でどかされそうになるも押し返していたら、反対からマリウスにまくられる。位置取りはいつもながら大変だ。
ラスト1kmで30番手ぐらい、15番手ぐらいに隼人が左カーブでアウト側、風を受けながら苦しんでいる状況を見つけ、ここが勝負だと思い、隼人に叫んでラスト800mぐらいで別線で飛び出す。隼人と都貴さんが飛び乗ったのを確認して今シーズン一番のスプリントで先頭に立つ。ラスト250mをめがけて限界までもがき続け、スイングアウトした。そこで後方からエーススプリンター達が一斉にもがき始め、都貴さんが残るも9位と、結果としては残念だったものの、ようやく形になるスプリントができた。
結構スプリントも楽しいじゃないですか。
そういうTour of Japanでした。
2012年5月20日日曜日
TOJ開幕
レースに帰って来ました。全日本選手権からひと月あまり、レースから離れていた日々。その間にも鹿児島へ飛び、富士山へ向かい、淡々とこのTour of Japanのために準備してきました。。。。しかし、鹿児島の飯はうまかったな。鳥刺しは全国区になるべきだというのは、都貴さんの弁です。よく走り、よく眠り、よく食べるというのは確かな選手の幸福のひとつです。
全日本まで、中東・ヨーロッパ・アフリカでのかなり詰まったタフなレーススケジュールから一気呵成にこなし、5月始めには自然と身体が休息を求めていました。全日本直後には、気分的にすでにシーズンが終わりそうな勢いでしたが、数日イージー練習を挟んで、後半戦へ気分を上げていきました。上げていくといっても、休養もなかなか難しくて、意識的に「だらだらとする」時間を増やして、自然に身体が自転車の上で楽しめる状況に戻っていくのを待つのが一番です。無理なことをするとしばらくコンディションが帰ってこないこともあります。海外での遠征をこなしてから、鹿児島の慣れ親しんだ、凸凹のひとつひとつも暗記しているような道を走っていると、ふと向こうの戦争のような日々が夢のように感じられる時があります。
ヨーロッパ人3人と、伊丹、和郎さんと再び日本で再会し、再編成された6人で大阪は堺へ、ハイエースで8時間の旅をこなしてたどり着きました。フラッシュバックする堺での日々、昨年の11月になんともいえない気分でこの街を出ていったことが思い出されます。
奈良ステージがカットになっていることもあって、レース前日の昨日も鍋谷峠を一本上がって身体づくりに励みました。ヨーロッパ組の時差ボケもぼちぼちとれてきたらしいです。
これから大仙公園にてクリテとTT。まずはきっちりまとめてきます。
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