2017年11月22日水曜日

書評:Faster-The Obsession, Science And Luck Behind The World's Fastest Cyclists

国内の書籍では本当に効くスポーツ科学の本が薄い。国内の書籍だけ読んでいるとそもそも薄いということに気がつかないのだが、選手になってからいくつか英語の書籍を読んでいるうちに、英語圏の選手は遥かに深く広範な情報にアクセスできていることに気がついてしまう。

書籍に記載される情報というものは、すでに現場の常識になっており、固まった内容であるから最先端のものではないことが多い。そしてその常識すらまだ日本で選手をやっているぶんには浸透していないということに危機感をもち、特に若い選手のために紹介する。

今回紹介するのはFaster-The Obsession, Science And Luck Behind The World's Fastest Cyclistsという本。筆者はMichael Hutchinson氏。大学出身のフルタイムTT選手の経歴をもち多くのナショナルチャンピオンに輝いている。選手生活ののち、博士号も取得しているがスポーツサイエンスではなく、法学。しばらく法学分野で活躍した後に作家としての活動を始め、いまではCycling Weekly等に多くの寄稿を行う。

7章からなり、1.自転車選手の生活とはどういうことを意味するか?、2.運動生理学の最新トピック、3.栄養学、4.3分49秒の団体追い抜きのために必要なこと、5.スポーツ心理学、6.テクノロジーがうむアドバンテージについて、7.才能と遺伝について、となっている。

この10年躍進したイギリス車連やチームスカイがどのようにものを考えているかが端々に現れて非常に興味深い。さらによくある一般のライターの記事のように科学礼賛で終わっておらず、科学とアスリートやコーチが交わる点でどのような葛藤が生まれるか、実際にスポーツサイエンスが結果を生み出すための条件のようなものが読み取れる。

「勝負が科学から本能にかえってくるのは、こういった科学の処方箋を実行する段でのことだ。コーチたちは、『みんなで山の上に1ヶ月住もう。インターネットもなければ家族とも友だちとも会えずに、とにかく毎日きつい練習を何時間もしながら、私に背後から叫ばれて、栄養学の観点から選ばれた味を無視した食事を食べ、ひたすら暇な日々を過ごす。誰が来てくれるかい?』といわねばならない」というところからは、どれだけ科学が進歩しても実行するのは人間だということを再確認させてくれる。

自転車競技は最終的にはどこまでもシンプルで、どれだけのパワーでペダルを漕げるかどうかだけで決まる。タイムトライアルは中でも単純だが、筆者によれば現代で真剣にタイムトライアルにとりくむ選手は、データ分析のできるコーチとの協業が不可欠だと語る。


他にも、体脂肪をうまく燃焼させてレースの終盤まで脚を残すためのトレーニングや、チームスカイの野菜ジュースを大量に飲ませる戦略など、理論と実践両方の話が事欠かない。ぜひ全ての自転車競技のアスリートに読んでほしい。